牧師よりのMessage 2009.3.3 

徳島教会の早咲きの桜の花が咲き始めました。
まだまだ寒い日々ですが、もう春なんですね〜。

 

さて先日、教区長より電話があり、高知教会への引越し命令が下りました。
ちなみに私・平田に与えられた任地は少し広くなり、高知教会、土佐山田教会、そして今まで通り徳島教会です。
これまでと同様、これからも私共の働きのためにどうぞ御加祷下さい。

ところで先週は、徳島教会の先駆者の一人、大磯襄(のぼる)さんが91才で亡くなられ、教会で葬儀を行いました。
そして大磯さんの人生を皆で振り返り、いろいろなことを考えさせられました。

 

大磯さんの人生は頑固一徹、教会一筋。暑い日も寒い日も文書伝道者として徳島中を回って教会の書籍を訪問販売してこられた方です。
現在、徳島教会が建っている場所も元は大磯さんの住んでおられた場所でした。そこを教会のために譲って、ご自分は不便な西須賀へ引っ越されたのでした。
戦争中は信仰のゆえに検挙され、なぐられたこともあったそうです。

 

そんな信仰一途な大磯さんでしたが、一途なだけに、教会でも皆さんとよく衝突することがありました。


しかし、私の知っている晩年の大磯さんは、教会でいつものように怒りを爆発させてしまった後、「またやってしもうたー!」と頭を抱え込んでは、特にこれといった言い訳もせず、ただただお詫びの電話をかけてこられる、そんな姿の大磯さんでした。

 

こんなことを書くと何だか偉そうですが、ご自分の背負っておられる性格に苦しみ、それと格闘しておられたのだと思うのです。
ご自分なりに、ご自分の弱さと真直ぐに向き合っておられた、そんな大磯襄さんを、私は心からご立派だなぁと思うのです。

 

私たちもそれぞれ、摂理の内に背負っているものがあります。

その背負っているものがとっても重く感じられて、人生を投げ出してしまいたくなるときがあるかも知れません。
自分なんかこの世にいないほうがましだ、と思ってしまうときさえあるかも知れません。

でも、決して投げ出してはいけない。

大磯襄さんの人生は、そのように私たちに語りかけていると思うのです。

 

そして、大磯さんを支え続けられた神様はこのように言っておられます。
「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。
母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。
たとえ、女たちが忘れようとも
わたしがあなたを忘れることは決してない」。(イザヤ書49:15)

 

天地万物の造り主なる偉大な神様が、今日、私たち一人一人を、母親にもまさる誠の愛で愛して下さっている。そのことを信じることができますように。そして、勇気を頂くことができますように。


そして、すべてのことを益として下さる神様の御手に、一つ一つのことを委ねながら、今日できることを精一杯やっていくことができますように。

そのような日々を通して、私たちは天国に相応しい者へと整えられていくのだと思うのです。

 

 

 

牧師よりのMessage 2009.3.3