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「まず虫である」PART2 ESSAY2 00/12/12記

この臭いだけは勘弁してほしい。
カメムシの臭いは強烈である。が、時間がたつと鼻が慣れるのか、臭いの効力が薄れるのかさほど気にならなくなる。とはいっても空気が動くとやはりほのかに臭う・・・・。
とりあえず寝床の確保だ。パタパタとシーツを取りあえず払って、虫に退散してもらう。たたき潰すのは可哀相だから、紙で一箇所に集めて外にほうり出す。
やれやれ、一段落ついた。コーラでも飲もうかとG君に「レストランでもらってきてよ」と頼むと彼は「ビール飲んでもよいか?」と言う。当方アルコールは苦手であるが、他人様が飲むのは気にならない。彼もカトマンズからの強行軍に、グッと一杯やって咽の乾きを癒したかったに違いない。「ええよ、ビールでもウィスキーでも好きなものを飲んで下さい・・・・」

「明日は駅を中心に歩こうか?カジュリまで行ってもいいな」などと話しつつ当方はコーラ、G君はビールとベッドの上であぐらをかいてぐいぐいやっていると、耳もとにいやな音が聞こえてきた。
「蚊?」
「やばい、早くマットを」G君が慌てて蚊取りマットのコンセントをさし、薬品のしみ込んだシートを乗せる。ところが・・・・。
「げっ、停電やないかい!」突然、明かりが消えた。
ジャナクプルの電力供給は不安定である。聞くところによればこの辺はインドから電気を分けてもらってるそうだ。
「インド人のいやがらせか」ふと思うが、単に電力不足なだけだろう。それなのに町の店では大音響で夜遅くまでガンガン音楽をかけている。そのとばっちりが出てるんじゃないのか?。
それまで天井で回っていた大きな扇風機が止まる。少しは涼しかった部屋がむわっと暑くなってくる。
空気の動きが無くなってしまった。
ワーンと無気味な音が近付いてくる。
パチッ、
「刺されたあ」
「なんだこれは」頭の周りはワンワンかの飛び交う蚊の羽音で一杯になった。おまけに暗闇で相手の姿は全く見えない。「うわあ」思わず悲鳴をあげた。暑いからTシャツ一枚、下半身は取りあえずジーンズでガードされているから問題ないが、靴下は脱いでしまっている。
肌の出ているところはところかまわずといった感じで蚊が攻撃をしかけてくる。始末が悪いのは刺した時にほとんど痛みがなく、ある程度血を吸ったところで痛みが来るのだ。痛みを感じた時には手遅れである。

かつて太平洋戦争中、ミッドウエイ海戦に参加した人から米軍の攻撃の凄まじさを聞いた。まるで蚊のように米軍機が攻撃を仕掛けてきた・・・・。その時は「金◯が縮むほどの恐怖」を覚えたそうである。
今の状況は米軍機の攻撃を受け袋だたきに合う当時の日本海軍の空母と同じではないか?
手のひらでここだと思うところを叩くが、敵もさるもの、こちらの手のひらが到達する前に逃げているようだ。手のひらを擦り合わせても潰れた蚊の感触がないのだ。

ドドド。部屋の外でエンジンの回る音がした。ちらつきながらも部屋の明かりが灯いた。自家発電機が動き出したのである。さすがジャナクプル一のホテルだけのことはあると妙に感心したが、今はそれどころではない。この蚊の大群はなんなのだ
部屋が明るくなって目をこらすと、白い壁をバックに宙を舞う無数の蚊が見える。なんとなく赤い色をしている。日本のより少し大きいようだ。まさかマラリア蚊では・・・・?
「これマラリア蚊じゃないと思う」G君は言うが、彼もマラリア蚊の実物は見たことないのだ。当方も和名のハマダラカという名は知っているが本物を見たことがない。知らない相手、未知の相手ほど恐いものはない。
やっと一匹しとめた。手のひらで鮮血とともに潰れた蚊を観察するが良く分からない。少なくともこんな蚊は日本では見たことがない。
刺された場所はあわれにもミミズ腫れのごとく皮膚がふくらんでいる。おまけに強烈な痒さが襲ってくる。

おかしい、おかしすぎる。いくら蚊が多いと言ってもここはホテルの部屋だ。蚊取りマットも二個置いてある。二人で二十匹以上は撃墜したはずだ。それなのに羽音が一向に消えない。一時間ほど格闘の末、思ったのはそのことだった。窓は開けてはいるが、網戸が入っている(最初部屋に入った時、鳥かごの網のように思ったが、実はその向こう側にちゃんとした網戸が入っていた)
「どこか開いてるところがあるんじゃないか」
G君ともう一度部屋を調べなおすと・・・。
なんと、壁の換気扇が
外側に向けて筒抜けなのだ。回転していない時に閉るはずのフタがないのである。念のためスイッチを入れてみるがプロペラは回らない。これではダメだ。蚊はそこから自由に出入りしていたのである。

今さら部屋を変えてくれとも言えず、言ったところで今日はこのホテル満室なのである。代わりの部屋は無い。我慢するしかない。あきらめて寝るしかない。
こうなれば
刺される場所を極力少なくすることだ。長そでの服を着て、襟をたてて首筋にはタオルを巻く。さすがにジーンズを履いたままでは暑くて寝られないから下半身には余分に部屋にあったシーツを巻いた。これはもう拷問に近い状態である。十分ぐらいはなんとか我慢できるが、暑くてたまらない。
汗が出るとその臭いに蚊が集まってくる。
午前2時ごろまでどうにか格闘を続けたが、疲れていたのか知らぬ間に眠っていた。人間、ぐっすり眠り込むと何をされても分からないが、まさにこの時がそうだった。蚊との戦いに疲れ果て、最後には
どうにでもなれと思った。

翌朝、体の痒さに目をさますと無意識の内にタオルは投げ捨てられ、シーツは床に落ちていた。上半身は長そでシャツ、下半身はパンツ一枚の哀れな格好であった。おまけにむき出しの部分は・・・・。
いったい何匹の蚊に刺されたのだろう。見事に腫れ上がっていた。猛烈な痒さとなにやら皮膚が熱を持っている感じがする。やられた。
痒い、痒すぎる

G君も状況は似たり寄ったりだった。ただ彼は毛布を被っていたため、当方よりも被害は少なかった。
「この部屋はノーグッド。今夜は蚊のいないエアコン付きの部屋に変えてくれ。少々高くてもいいから」
若い頃は少々虫がいようがかまわず、テントなしで野宿したりもした。アンナプルナへトレッキングに行った時にはナンキン虫とノミに体中刺された。蚊にしてもヤブカの大群に襲われたこともある。昔はそれでも平気だった。
しかし、当方、今や
四十近いおっさんである。もう体が持たない・・・・。泣く泣く部屋の変更をフロントで申し出たのだった。


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